英国労働者の7割がAI導入に懸念、スターマー政権の推進策に逆風

2025年09月13日

英国労働者の過半数がAI導入による雇用への影響を懸念
スターマー政権は数十億ポンド規模のAI推進策を展開中
NHS病院でのAI導入も職員の懐疑的な反応で遅延

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労働者の懸念が浮き彫りに：雇用への不安が拡大

英国労働組合会議（TUC）の最新調査によると、英国成人の51％がAIの雇用への影響について懸念を抱いていることが明らかになりました[1]。さらに深刻なのは、スタンフォード大学の研究で、AI関連分野のエントリーレベルの職種が2022年後半から2025年中頃にかけて16％減少したことが判明したことです。製造業や現場作業員の間では、AIの長期的影響に対する不安が特に顕著で、雇用の置き換えや安全性、倫理面での懸念が広がっています[2]。

興味深いことに、実際にAIツールを使用している現場労働者の41％が燃え尽き症候群の軽減を報告している一方で、AIを使用していない労働者では54％が燃え尽き症候群を経験しているという調査結果もあります。この矛盾は、AIに対する恐怖と実際の体験との間に大きなギャップがあることを示唆しています。

この調査結果は、日本でも見られるAI導入時の典型的な反応パターンを示しています。新しい技術への恐怖は自然な反応ですが、重要なのは「未知への恐怖」と「実際の体験」を区別することです。例えば、電卓が普及した際も会計士の仕事がなくなると懸念されましたが、実際には計算業務から戦略的思考へと仕事の質が向上しました。AIも同様に、単純作業を自動化することで、より創造的で付加価値の高い業務に人間が集中できる可能性があります。ただし、この移行期には適切な再教育と透明性のあるコミュニケーションが不可欠です。

スターマー政権の野心的なAI戦略：数十億ポンドの投資計画

キア・スターマー首相は1月に発表した行動計画で、英国をAI「超大国」にするという野心的な目標を掲げました[3]。この計画の一環として、OpenAIとNvidiaのCEOがトランプ大統領の国賓訪問中に、英国のデータセンターへの数十億ポンド規模の投資を発表する予定です。政府はデータセンターを「重要な国家インフラ」に指定し、計画承認を迅速化するAI「成長ゾーン」を創設しました。

具体的な取り組みとして、政府は1億8700万ポンドのTechFirstプログラムを通じて750万人の労働者を対象とした訓練を実施し、マイクロソフトは2025年末までに100万人の労働者のスキルアップにコミットしています[1]。これらの大規模な投資と訓練プログラムは、英国経済のデジタル変革を加速させる狙いがあります。

スターマー政権のAI戦略は、まさに「攻めの姿勢」と言えるでしょう。これは1980年代のサッチャー政権が金融業界の規制緩和で「ビッグバン」を起こし、ロンドンを国際金融センターに押し上げた戦略と似ています。しかし、当時と異なるのは、AIが全産業に影響を与える汎用技術である点です。政府の大胆な投資は確かに必要ですが、労働者の不安を無視すれば、技術的には成功しても社会的には失敗する可能性があります。成功の鍵は、投資と並行して労働者の懸念に真摯に向き合い、包括的な社会保障制度の整備を進めることです。

現場での実装課題：NHS病院でのAI導入遅延が示す現実

政府の野心的な計画とは裏腹に、実際のAI導入現場では深刻な課題が浮上しています。英国の66のNHS病院信託を対象とした2100万ポンドのAI診断ツール導入プログラムでは、UCL、ナフィールド・トラスト、ケンブリッジ大学の研究により重大な実装障害が明らかになりました[4]。2025年6月時点で、3分の1にあたる23の信託が契約完了から18ヶ月経過してもAI技術を臨床現場で使用していませんでした。

主な障害として、ガバナンスの遅延、複雑な契約プロセス、時代遅れのITシステム、そして最も重要な要因として臨床スタッフの懐疑的な態度と不十分な訓練が挙げられています。IBMの216人の知識労働者を対象とした調査でも、AI使用率は25％から35％に増加したものの、チャットボットやAIを使用する同僚への信頼に関する懸念が高まっていることが判明しました[5]。

NHS病院でのAI導入遅延は、技術導入における「ラストワンマイル問題」の典型例です。これは、インターネットインフラで最終利用者への接続が最も困難で費用がかかることに例えられます。AIも同様で、技術的な開発は完了しても、実際の現場で使われるまでには多くの人的・組織的障壁があります。特に医療現場では、患者の生命に関わるため、スタッフの慎重な態度は当然です。成功には、技術的な完成度だけでなく、現場スタッフとの信頼関係構築、段階的な導入、継続的な教育が不可欠です。政府は投資額の発表に注力するだけでなく、こうした地道な現場作業にも同等の注意を払う必要があります。

まとめ：技術推進と社会受容のバランスが鍵

英国のAI政策は、野心的な投資計画と現実の労働者懸念という二つの相反する力の間で揺れ動いています。スターマー政権の数十億ポンド規模の投資と訓練プログラムは確かに必要な取り組みですが、労働者の過半数が抱く懸念を軽視すれば、技術的成功が社会的混乱を招く可能性があります。MIT Media Labの報告によると、AI投資を行った組織の95％が現時点でリターンを得られていないという現実も、過度な楽観論に警鐘を鳴らしています[6]。

成功への道筋は、技術推進と社会受容の両方を同時に達成することです。これには透明性のあるコミュニケーション、段階的な導入、継続的な教育、そして労働者の懸念に対する真摯な対応が不可欠です。英国の経験は、AI時代における政策立案の複雑さと、技術革新と社会安定のバランスを取ることの重要性を世界に示しています。