欧州初のエクサスケールスーパーコンピュータJupiter稼働、AI競争で米中に対抗

2025年09月06日

欧州初のエクサスケールスーパーコンピュータJupiterが正式稼働開始
世界4位の性能で米中AI独占に対抗する欧州の戦略的投資
再生可能エネルギーで運用、AI工場ネットワークの中核として機能

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欧州がエクサスケール時代に突入、Jupiter正式稼働

2025年9月5日、ドイツのユーリッヒスーパーコンピューティングセンターで、欧州初のエクサスケールスーパーコンピュータ「Jupiter」の開所式が行われました[1]。フリードリヒ・メルツ独首相も出席したこの歴史的な式典で、欧州は1秒間に100京回以上の計算を実行できる超高性能コンピューティングの新時代に足を踏み入れました[2]。Jupiterは世界で4番目、欧州では最高性能のスーパーコンピュータとして位置づけられ、24,000個のNVIDIA Grace Hopperスーパーチップを搭載しています[3]。

このシステムは単なる計算能力の向上にとどまらず、欧州のデジタル主権強化という戦略的意図を持って設計されています。エカテリーナ・ザハリエワ欧州委員は、Jupiterが欧州の研究者や産業界に強力な計算リソースを提供し、デジタル主権を強化すると述べました[4]。また、システム全体が再生可能エネルギーで運用され、Green500ランキングで世界最高のエネルギー効率を誇る点も注目されています[4]。

Jupiterの稼働は、欧州が長年抱えてきた「デジタル植民地」からの脱却を象徴する出来事です。これまで欧州は、米国のクラウドサービスや中国の製造業に依存する構造から抜け出せずにいました。しかし、エクサスケール級の計算能力を自前で持つことで、AIモデルの訓練からデータ処理まで、重要な技術開発を自国内で完結できる基盤が整いました。特に注目すべきは、環境配慮と性能を両立させた点です。これは欧州が目指す「持続可能なデジタル変革」の理想的なモデルケースと言えるでしょう。

AI競争における欧州の劣勢と巻き返し戦略

スタンフォード大学の報告書によると、2024年に米国の機関が40の注目すべきAIモデルを発表したのに対し、中国は15、欧州はわずか3つにとどまっています[5]。この圧倒的な差は、欧州がAI開発において深刻な後れを取っていることを如実に示しています。メルツ独首相は開所式で「欧州にはAI分野の先駆者である米国と中国に追いつく機会がある」と述べ、Jupiterがその突破口になるとの期待を表明しました[5]。

欧州の戦略は単発的な投資ではなく、包括的なAIエコシステムの構築を目指しています。Jupiterは2025年3月に発表されたAI工場（JAIF）の中核として、大規模言語モデルの訓練を支援します[6]。さらに、EuroHPCは既に13のAIギガファクトリー提案を支援し、16の加盟国から76の関心表明を受けており、欧州全体でAI開発拠点のネットワーク化が進んでいます[6]。

欧州のAI戦略は「遅れてきた挑戦者」の典型的なパターンを示しています。先行する米中が個別企業の競争に依存する中、欧州は官民一体となった組織的なアプローチを取っています。これは、かつて日本が半導体産業で米国に挑戦した際の戦略と似ています。ただし、現在のAI競争は単純な製造業とは異なり、データ、アルゴリズム、計算資源、人材が複雑に絡み合った生態系の競争です。Jupiterのような計算基盤は必要条件ですが、十分条件ではありません。欧州が真に競争力を獲得するには、この基盤の上にどのような革新的なAIサービスを構築できるかが鍵となるでしょう。

技術的独立性への課題と現実

Jupiterは欧州のデジタル主権を謳いながらも、技術的には米国への依存が色濃く残っています。システムの中核を担う24,000個のチップはすべてNVIDIA製であり、6,000の計算ノードそれぞれに4つのGH200 Grace Hopperスーパーチップが搭載されています[7]。総投資額5億ユーロをEUとドイツが共同で負担したものの、実質的には米国企業の技術に大きく依存する構造となっています[7]。

さらに、Jupiterは段階的な構築が計画されており、現在稼働しているのは大規模シミュレーションとAI訓練用のBoosterモジュールのみです。汎用計算用のClusterモジュールは、欧州製SiPearlのRhea1プロセッサの完成を待って2026年に稼働予定となっています[8]。この遅れは、欧州が真の技術的独立を達成する道のりの険しさを物語っています。

Jupiterが抱える技術依存の矛盾は、現代のグローバル化した技術開発の複雑さを象徴しています。完全な技術的独立は現実的ではなく、むしろ戦略的な依存関係の管理が重要になります。欧州の賢明な点は、短期的にはNVIDIAの技術を活用しつつ、長期的には自前のプロセッサ開発を並行して進めていることです。これは「技術的主権」の段階的実現戦略と言えるでしょう。重要なのは、外部技術への依存を認識しながらも、それを踏み台として自立的な技術基盤を構築することです。Jupiterはその第一歩として、欧州のAI研究者や企業に世界最高水準の計算環境を提供し、独自の技術革新を促進する役割を果たすことが期待されます。

まとめ

Jupiterの稼働は、欧州がAI競争における劣勢を挽回するための重要な一歩となりました。エクサスケール級の計算能力と環境配慮を両立させたこのシステムは、欧州独自の価値観を反映した技術開発の象徴でもあります。しかし、真の競争力獲得には、この計算基盤を活用した革新的なAIサービスの創出と、技術的独立性の段階的実現が不可欠です。米中との競争は始まったばかりであり、欧州の本格的な挑戦はこれからが正念場となるでしょう。