スイス初の完全オープンソースLLM「Apertus」が正式リリース・米国AI独占に対抗

2025年09月05日

スイスがETH Zurich等の公的機関により開発した完全オープンソースLLM「Apertus」を正式リリース
15兆トークンで1000以上の言語を学習し、EU AI法に完全準拠した透明性重視のモデル
米中AI企業への依存を回避し、デジタル主権確立を目指す国家戦略の一環として位置づけ

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スイス発の国家AI戦略「Apertus」プロジェクト始動

スイスが2025年9月、同国初の完全オープンソース大規模言語モデル「Apertus」を正式リリースしました[1]。このプロジェクトは、ETH Zurich、EPFL（スイス連邦工科大学ローザンヌ校）、CSCS（スイス国立スーパーコンピューティングセンター）という同国を代表する公的研究機関が共同で開発したものです。Apertusは単なる技術開発ではなく、米国や中国のAI企業に対する依存を減らし、デジタル主権を確立するための国家戦略として位置づけられています[2]。

このモデルは8Bパラメータ版と70Bパラメータ版の2つのバリエーションで提供され、Hugging Faceプラットフォームを通じて世界中の研究者や開発者がアクセス可能です[3]。現在はSwisscomのビジネス顧客向けAIプラットフォームを通じて商用利用も開始されており、今後より広範囲なアクセスが計画されています。

Apertusプロジェクトは、AI分野における「デジタル植民地主義」への対抗策として注目に値します。これまで多くの国がOpenAIやGoogleなどの米国企業、あるいは中国のAI企業に依存してきましたが、スイスは公的資金と研究機関の力を結集して独自の道を歩み始めました。これは、まるで自国の通貨を持つことの重要性と似ており、AI時代における真の独立性を確保する試みと言えるでしょう。特に注目すべきは、単なる技術移転ではなく長期的なインフラストラクチャとして設計されている点で、他国が参考にできる「国家AIモデル」の青写真を提供しています。

完全透明性を実現する「ラディカル・オープンソース」アプローチ

Apertusが他のAIモデルと一線を画すのは、その徹底した透明性です[4]。多くの「オープンソース」AIモデルが実際には重みパラメータのみを公開する「オープンウェイト」モデルに過ぎない中、Apertusはトレーニングデータ、データ準備スクリプト、トレーニングコード、評価ツール、さらには中間チェックポイントまで、開発プロセスのあらゆる要素を公開しています[5]。

モデルの学習には15兆トークンが使用され、1000以上の言語に対応しています[6]。特筆すべきは、学習データの40%が非英語コンテンツで構成され、スイスドイツ語やロマンシュ語といった地域言語も含まれている点です。また、robots.txtの除外指定を遡及的に適用し、EU AI法の要件に完全準拠するなど、データ利用における倫理的配慮も徹底されています[7]。

この「ラディカル・オープンソース」アプローチは、AI開発における新しいパラダイムを示しています。従来の企業主導のAI開発では、競争優位性を保つために多くの情報が秘匿されてきました。しかし、Apertusは料理のレシピを完全公開するシェフのように、すべての工程を透明化することで、科学的検証可能性と再現性を確保しています。これにより、研究者は「なぜそのような結果が得られたのか」を完全に理解でき、モデルの改良や問題の特定が容易になります。また、「Goldfish objective」という記憶化リスクを軽減する学習手法の採用は、プライバシー保護の観点からも革新的です。

規制遵守と金融セクターへの戦略的展開

Apertusの開発において重要な考慮事項となったのが、欧州の厳格な規制環境への対応です[8]。EU AI法では、非準拠企業に対して最大3500万ユーロまたは全世界売上高の7%という重い制裁金が科される可能性があり、企業にとって規制遵守は死活問題となっています。Apertusは開発段階からこれらの規制要件を織り込んで設計されており、欧州市場での展開において大きなアドバンテージを持ちます。

スイス銀行協会は、Apertusの長期的な可能性について強い関心を示しています[3]。金融業界では、顧客データの機密性と規制遵守が最重要課題であり、外部のクラウドサービスに依存することのリスクが常に議論されてきました。一方で、UBSなどの大手銀行は既にOpenAIやMicrosoftとのパートナーシップを締結しており、実用性と規制遵守のバランスを模索している状況です。

金融セクターにおけるAI活用は、まさに「信頼」と「効率性」のトレードオフを象徴しています。外部のAIサービスは高性能で即座に利用可能ですが、顧客の機密情報がどのように処理されているかは「ブラックボックス」です。Apertusは、この問題を解決する「透明な金庫」のような存在と言えるでしょう。銀行は自社のサーバー上でモデルを運用でき、データの流れを完全に把握できます。ただし、現時点では大手商用モデルと比較して性能面での課題があることも事実です。しかし、規制環境が厳しくなる中で、長期的には透明性と主権性を重視する選択肢の価値が高まることは確実です。

他国への波及効果と国際的なAI勢力図の変化

Apertusプロジェクトの最も重要な意義は、他国が参考にできる「国家AIモデル」の青写真を提供したことです[7]。このアプローチは、公的研究機関の連携、透明性の確保、規制遵守、そしてデジタル主権の確立という要素を組み合わせた、再現可能な戦略モデルを示しています。スイスの成功は、AI分野における米中二極化に対する「第三の道」の可能性を示唆しています。

現在、10月5日まで開催されているSwiss AI Weeksでは、開発者がApertusを実際に試用し、フィードバックを提供する機会が設けられています[1]。このような開かれた開発プロセスは、コミュニティ主導の改良を促進し、モデルの継続的な発展を支える仕組みとなっています。また、研究、教育、商用利用すべてを許可する寛容なオープンソースライセンスにより、幅広い活用が期待されています[6]。

Apertusの登場は、AI分野における「多極化」の始まりを告げる重要な出来事です。これまでのAI競争は、巨額の資金力を持つ米中の大企業による「軍拡競争」的な側面が強く、多くの国が傍観者的立場に置かれてきました。しかし、スイスは「透明性」「規制遵守」「デジタル主権」という異なる価値軸で競争に参入し、新たなゲームルールを提示しました。これは、小国でも独自の強みを活かしてAI分野で存在感を示せることを証明しており、他の欧州諸国やカナダ、オーストラリアなどが類似の戦略を採用する可能性を示唆しています。AI分野の未来は、単純な技術力競争から、価値観と戦略の多様性を反映したより複雑で興味深いものになりそうです。